シックデイ対応——体調を崩したときの糖尿病管理
風邪をひいた、胃腸炎で吐いている、熱が出た——こうした体調不良の日を「シックデイ(Sick Day)」と呼ぶ。普通の人なら「寝ていれば治る」で済むことが多いが、糖尿病患者にとってシックデイは血糖コントロールが乱れやすい危険な期間だ。
この記事では、シックデイに何が起こるのか、どう対応すべきか、どんなときに病院に行くべきかを具体的に解説する。事前に知っておくことで、いざというときに慌てずに対応できる。
シックデイとは
シックデイとは、糖尿病患者が発熱、下痢、嘔吐、食欲不振などで普段通りの食事ができない状態のことを指す。風邪、インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、胃腸炎、食中毒、その他の感染症などが原因になる。手術後や歯科治療後の食事制限も、広い意味でシックデイに含まれる。
糖尿病がなければ「数日寝ていれば治る」ことも、糖尿病があると重症化するリスクがある。シックデイの対応を誤ると、高血糖や低血糖、脱水、さらには糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)や高浸透圧高血糖状態(HHS)といった命に関わる状態に陥ることもある。
シックデイに血糖値が乱れる理由
ストレスホルモンが血糖値を上げる
体が病気と戦っているとき、コルチゾール、アドレナリン、グルカゴンなどのストレスホルモン(カウンターレギュレトリーホルモン)が分泌される。これらのホルモンは肝臓から糖を放出させ、血糖値を上げる作用がある。
だから、食事を摂っていなくても血糖値が上がることがある。「何も食べていないのに血糖値が200を超えている」「熱があるときは血糖値が高くなる」という状況は、シックデイではよく起こる現象だ。
食事が摂れないのに薬を飲むと低血糖になる
逆に、食欲がなくて食事を減らしている、または全く食べられないのに、いつも通り薬を飲んだりインスリンを打ったりすると、低血糖を起こすリスクがある。特にSU薬(グリメピリド、グリクラジドなど)やインスリンを使っている人は要注意だ。
つまり、シックデイは「高血糖にも低血糖にもなりうる」という不安定な状態だ。だからこそ、血糖値をこまめに測定することが重要になる。
脱水が起こりやすい
発熱では汗をかき、下痢や嘔吐では水分と電解質が失われる。さらに、高血糖状態では尿量が増える(浸透圧利尿)ので、二重に脱水が進む。脱水は血液を濃くし、血糖値をさらに上げる。そして高血糖がさらに尿量を増やす——という悪循環に陥る。
重度の脱水は、意識障害、腎不全、ショックなど、命に関わる状態につながることもある。
シックデイの基本ルール
シックデイには、以下の基本ルールを守ろう。これは事前に主治医と確認しておくことが望ましい。
1. 水分をしっかり摂る
これが最も重要だ。脱水を防ぐために、少量ずつでもこまめに水分を摂る。一度に大量に飲むと吐いてしまうこともあるので、「少しずつ、頻繁に」がコツ。1時間にコップ1杯(150〜200ml)程度を目安に。1日トータルで1.5〜2リットルは摂りたい。
何を飲むか:
- 水、麦茶、ほうじ茶(カフェインの少ないもの)
- 経口補水液(OS-1、アクアライトORSなど)——電解質(ナトリウム、カリウム)も補給できるのでベスト。特に下痢・嘔吐がある場合に推奨
- スポーツドリンク(ポカリスエット、アクエリアスなど)——糖質が多いので、血糖値が高いときは水で2倍に薄めて飲むか、水やお茶と交互に
- 味噌汁の汁、コンソメスープ、鶏がらスープ——塩分も補給できる。具は無理に食べなくていい
コーヒー、紅茶、緑茶はカフェインに利尿作用があるので、大量に飲むのは避ける。アルコールは絶対にダメ。脱水を悪化させる。
2. できる範囲で糖質を摂る
食欲がなくても、少量の糖質は摂るようにする。血糖値を下げる薬を使っている人は特に重要だ。全く糖質を摂らないと低血糖のリスクがある。
食べやすいもの(消化が良く、糖質を含むもの):
- おかゆ、雑炊、茶漬け
- うどん(消化が良い。素うどん、かけうどん)
- 食パン、トースト(バターなしで)
- バナナ、りんご(すりおろしやコンポート)
- ゼリー飲料(ウィダーインゼリー、カロリーメイトゼリーなど)
- プリン、茶碗蒸し
- アイスクリーム(喉が痛いときや熱があるときに)
- ヨーグルト(プレーンまたは加糖)
- カステラ、ビスケット
固形物が無理なら、ジュース(100%果汁)、スポーツドリンク、アイスでもいい。「普段は糖質を控えているのに」と思うかもしれないが、シックデイは例外だ。脱水と低血糖を防ぐことが優先。血糖値が高くなったとしても、シックデイが終われば元に戻せる。
3. 血糖値をいつもより頻繁に測る
シックデイは血糖値が乱れやすい。いつもより頻繁に測定しよう。可能なら4〜6時間ごと、少なくとも1日3〜4回は測る。特に、寝る前と起きたときは必ず測定したい。
血糖値が250mg/dL以上が続く、または70mg/dL以下になった場合は、主治医に連絡するか受診を検討する。
4. 薬の調整
シックデイの薬の扱いは、薬の種類によって異なる。事前に主治医と「シックデイルール」を決めておくことが大切だ。以下は一般的な目安だが、必ず自分の主治医の指示に従うこと。
メトホルミン(メトグルコ、グリコランなど):食事が摂れない、脱水がある、嘔吐・下痢が続く、38.5度以上の発熱がある場合は休薬する。乳酸アシドーシスのリスクがあるため。回復したら再開。
SGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンス、カナグルなど):シックデイは必ず休薬する。脱水を悪化させ、正常血糖糖尿病性ケトアシドーシスのリスクがある。これは非常に重要なルールだ。主治医から特別な指示がない限り、シックデイはSGLT2阻害薬を飲まない。
SU薬(アマリール、グリミクロンなど):食事量に応じて減量または休薬する。食事が半分しか摂れないなら薬も半分に、ほとんど食べられないなら休薬が基本。低血糖のリスクがある。
グリニド薬(シュアポスト、グルファストなど):食事を摂るときだけ飲む。食事が摂れないなら飲まない。
DPP-4阻害薬(ジャヌビア、エクア、トラゼンタなど):比較的安全。食事が摂れていれば継続可。ただし、食事が全く摂れない状況が2日以上続くなら休薬を検討。
αグルコシダーゼ阻害薬(ベイスン、グルコバイなど):食事と一緒に飲む薬。食事が摂れないなら飲まない。
チアゾリジン薬(アクトス):継続可能。ただし、むくみがひどくなる場合は休薬を検討。
GLP-1受容体作動薬(ビクトーザ、オゼンピックなど):吐き気・嘔吐がある場合は休薬を検討。症状を悪化させる可能性がある。
インスリン:
- 持効型インスリン(ランタス、トレシーバ、レベミルなど):基本的に継続する。これは体に必要な基礎インスリン。ただし、低血糖が続くなら10〜20%減量を検討。
- 食前インスリン(超速効型:ノボラピッド、ヒューマログなど):食事量に応じて減量する。食事が半分なら半分に、食べられないなら打たない。ただし、血糖値が300を超えている場合は、補正のために少量打つこともある(主治医の指示に従う)。
5. 体温、症状を記録する
体温、血糖値、食事量(いつもの何割くらい食べたか)、水分摂取量、症状(嘔吐の回数、下痢の回数、尿の回数など)を記録しておく。スマホのメモ機能でもノートでもいい。医療機関に連絡するとき、受診するときに非常に役立つ。
こんなときはすぐ受診
以下の症状がある場合は、自宅で様子を見ずに、すぐに医療機関を受診しよう(夜間・休日でも)。
- 嘔吐が止まらず、水分も摂れない(数時間続く場合)
- 下痢が1日10回以上続く
- 38.5度以上の高熱が24時間以上続く
- 血糖値が300mg/dL以上で、水分を摂っても下がらない
- 血糖値が70mg/dL以下で、糖分を摂っても回復しない
- 意識がもうろうとしている、反応が鈍い
- 呼吸が荒い、深い呼吸を繰り返す(クスマウル呼吸——ケトアシドーシスの兆候)
- 吐いた息が甘酸っぱい臭い(アセトン臭——ケトーシスの兆候)
- 強い腹痛がある
- 尿が出ない、または極端に少ない(半日以上出ない——脱水の兆候)
- 24時間以上、全く食事が摂れない
- 胸痛、息切れがある
特にインスリンを使っている1型糖尿病患者は、ケトアシドーシスのリスクが高いので、早めの受診が大切だ。尿ケトン体試験紙を持っている人は、血糖値が250mg/dL以上のときにケトン体をチェックしよう。「++」以上なら要注意、すぐに受診を検討する。
シックデイに備えて準備しておくもの
体調を崩してから買い物に行くのは大変だ。普段から以下のものを常備しておこう。「シックデイボックス」として、まとめて保管しておくと便利だ。
- 経口補水液(OS-1など)——2〜3本
- スポーツドリンク——500ml×2〜3本
- ゼリー飲料(ウィダーインゼリー、カロリーメイトゼリーなど)——3〜5個
- レトルトのおかゆ——2〜3食分
- うどん(乾麺または冷凍)
- 缶詰のフルーツ(桃、みかんなど)
- プリン、ゼリー
- ブドウ糖(低血糖対策)——十分な量
- 体温計(電池切れに注意)
- 血糖測定器のセンサー——十分な予備
- 尿ケトン体試験紙(インスリン使用者は特に)
- 解熱剤(アセトアミノフェン。ただし使用は主治医の指示に従う)
シックデイルールを事前に確認
最も大事なのは、元気なうちに主治医と「自分のシックデイルール」を決めておくことだ。次の診察で、以下を確認しておこう。
- 食事が摂れないとき、各薬はどうするか(休薬するもの、減量するもの、継続するもの)
- インスリンの調整方法(使っている人)
- どんな症状が出たら連絡すべきか
- 病院の連絡先(日中の電話番号、時間外の対応方法)
- 近くの救急病院の情報
シックデイルールをメモして、冷蔵庫の扉やお薬手帳に貼っておくと、いざというときに慌てない。家族にも共有しておこう。
まとめ
シックデイは糖尿病患者にとって血糖コントロールが乱れやすい危険な期間だ。しかし、正しい知識と準備があれば、乗り切ることができる。
シックデイの基本ルール:
- 水分をこまめに摂る(経口補水液がベスト)
- できる範囲で糖質を摂る(おかゆ、ゼリーなど)
- 血糖値を頻繁に測る(4〜6時間ごと)
- 薬は種類によって調整(特にSGLT2阻害薬は休薬)
- 症状を記録する
すぐ受診すべき症状:
- 水分が摂れない、嘔吐が続く
- 血糖値が300以上、または70以下が続く
- 意識がもうろうとする
- 呼吸が荒い、深い呼吸を繰り返す
- 尿が出ない
体調を崩したときこそ、冷静な対応が大事だ。この記事を読んだら、次の診察で「シックデイのときはどうしたらいいですか」と主治医に聞いてみよう。それが、いざというときの備えになる。